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精神障害既往歴のある女性トラックドライバーが適応障害発症により労災認定(2020年5月)
2024.05.04|相談事例
ユニオンからの相談
静岡県のユニオンから40代の女性トラックドライバーのAさんについて相談を受けたのは2018年9月末でした。相談の内容は、ユニオン組合員のAさんは勤めている運送会社の同僚からのパワハラが原因で2017年2月に自律神経失調症と不安障害を発症してしまった。療養中にもかかわらず9月に傷病手当を打ち切られてしまい、会社からは退職かドライバー復職かを迫られている。病は治っておらず、復帰は難しい状態で、可能ならば労災保険の請求をしたいというものでした。ユニオンからはAさんが自身の受けたパワハラの内容を時系列にまとめた手書きの書面がセンターにファックスされてきました。
日程を調整し10月初旬、ユニオン事務所でAさんとの面談を行いました。
Aさんとの面談で、Aさんが運送会社でのパワハラにより自律神経失調症と不安障害を発症する前から、過去に交際していた男からの暴力が原因で発症したPTSDなどの治療の為、自宅近くのメンタルクリニックに通院していたことが分かりました。Aさんによると同僚からのパワハラを受けることになった運送会社に入社する2016年6月前にはすでに仕事に差しさわりのない状態になっていたということでした。Aさんは高校を卒業して免許証を取得してからずっとドライバーの仕事を続けてきたということでした。
Aさんが受けたパワハラ
Aさんは2016年6月に静岡県内に事業所を置く関東地方の運送会社に主に飲料などを配送するトラックドライバーとして入社しました。入社後、6月1日から同月28日までX1運転手の助手として同乗しました。X1運転手が始終電話で他の同僚と話をしていた為、Aさんが運転をしていました。X1運転手からは一切指示がでず、トイレに行ったり、食事をしたりする時間もない日が続き、遂には尿取りパットをして仕事に行き、運転中に用を足す、屈辱的な状況に置かれたということでした。Aさんはこの助手期間中に尿道結石で救急車を呼ぶことがあり、その後、膀胱炎で通院しました。
Aさんはこの頃、営業所長に勤務中に食事をしてはいけないのかと聞いたところ、1人で乗務すれば食事が出来るようになると言われるのみでした。
2016年7月より1人で乗務するようになりましたが、X2という入社10年の運転手より乗車中に電話をかけられ、一日中業務とは関係ないこと、会社や同僚の悪口を聞かされることが始まりました。X1がAさんに仕事を教えないことからX2の仲間に入れられることになりました。X2からの電話はAさんだけでなく、他の新人運転手、X3、X4、X5もAさんと同時に多者電話につながれ、仕事中にX2より同じことを聞かされていました。X2の恒常的な長時間電話はAさんの休職まで続きましたが、X2が怒りやすい性格だったため電話を受け続けるしかありませんでした。集中力のいる運転中に電話に出ることを強要され続けていました。
2017年1月には、X2に関する悪評判が社内に広まったことから本社部長による事情聴取がX2本人と他の関係者に行われました。X2は社内で悪評判が広まったことをAさんの責任と一方的に決めつけ、本社、営業所などへのX2への悪評判を撤回することと、謝罪をAさんに求めるようになりました。仕事中にAさんがX2からの電話に出ないと「謝れ、白か黒しかないんだよ。女のくせに目にあまる」などと毎日のように怒鳴られました。営業所長に相談をしましたが取り合ってもらえず、本社組合副委員長にも相談しましたが取り合ってもらえませんでした。トラックの故障がAさんとX4にあるなどと噂を流されることがあったり、帰社して日報を提出するにも事務所に入れない日もあったりしました。
2017年2月23日、行きつけのメンタルクリニックで自律神経失調症と診断され、3月より精神障害のため会社を休むことになりましたが、X2からの電話、メールを拒否し続けていたところ仲間のX3がAさんの自宅にきたので警察を呼ぶこともありました。その後もX2がAさんの自宅の近所を歩いていたことがあったり、4月にAさんの母親宛にX2よりかわいい女性など業務と関係のないおかしな手紙が届いたり、7月にはX2より内容証明郵便が届いたりしました。
これらの出来事はAさんが受けたパワハラの一部に過ぎませんが、面談の最中、「とにかく一日中電話され話をされるのがたまらなかった。そのことにより精神がやられてしまった」と言っていたことが印象に残りました。
長時間労働
Aさんとの面談の後、ユニオンと筆者とでAさんの労働時間について検証しました。幸い、Aさんの運転日報は運送会社とユニオンとの団体交渉により入手されていました。
Aさんが自律神経失調症等の診断を受ける前6か月間の時間外労働時間数を、会社から入手した運転日報をもとに診断日の平成29年2月23日を起点として30日ごとに算出すると表1のようになりました。算出にあたって、運転日報上の休憩時間は除外しましたが、待機時間については労働時間と考える事から除外しませんでした。
▼表1
期間 | 8月28日~ 9月26日 | 9月27日~ 10月26日 | 10月27日~ 11月25日 | 11月26日~ 12月25日 | 12月26日~ 1月24日 | 1月25日~ 2月23日 |
日数 | 30日 | 30日 | 30日 | 30日 | 30日 | 30日 |
時間外労働時間数 | 128時間79分 | 132時間17分 | 138時間17分 | 134時間6分 | 105時間89分 | 90時間13分 |
Aさんが自律神経失調症等の診断を受ける直前の1月25日から2月23日までの30日間の時間外労働時間数については90時間13分であるものの、その他の5か月間(8月28日から1月24日)については毎月100時間以上の時間外労働時間があり、この状況は、心理的負荷による精神障害の認定基準の別表1、業務による心理的負荷評価表で示されている「出来事」としての長時間労働に該当し、心理的負荷の強度は「強」と評価することができることから、精神障害の労災認定要件を満たしていることが分かりました。
Aさんは、2016年11月、12月の繁忙期に1日23時間労働を超えることもあり、本社配車室へ16時間労働、8時間休憩勤務を要求しましたが、会社は「組合員ですか」と言うのみで対応してくれませんでした。
長時間労働で労災認定が取れそうなことが分かりましたが、Aさんには精神障害の既往歴があり、その評価がどうなるか心配でしたが、ユニオンと筆者は意見書を作成し、島田労働基準監督署に労災請求することにしました。
労災認定
2019年7月にAさんの労災が島田労働基準監督署により認定されました。
監督署の調査官が作成した調査復命書を見ると、2017年2月23日に適応障害が発症したことが認められ、発症直前の3が月間の時間外労働時間が100時間を超え、業務内容もその程度の労働時間を要するものと認められました。また、2016年10月頃より同僚労働者より継続してセクシャルハラスメントを受け、加えて、2017年2月頃より同僚労働者から嫌がらせを受けていたことが認められました。2016年11月に軽微な輸送事故があったことも認められました。
発症直前の3か月間の時間外労働時間が100時間を超えることについての出来事の心理的負荷の強度は「強」、2016年10月頃より同僚労働者より継続してセクシャルハラスメントを受けていたことについての出来事の心理的負荷強度は「中」、2017年2月頃より同僚労働者から嫌がらせを受けていたことについての出来事の心理的負荷強度は「中」、2016年11月の軽微な輸送事故についての出来事の心理的負荷強度は「弱」とされ、発症直前の時間外労働時間によって労災認定されたことが分かりました。
精神障害の既往歴については、Aさんが運送会社に入社する前、5か月間のメンタルクリニックの診療録より以前の精神障害は寛解状態に至っていたと判断され、よって、運送会社での業務上の出来事さえなければ、Aさんは適応障害を発症せず寛解状態を維持していた可能性が高いという判断でした。
監督署が認定した時間外労働時間数については、監督署のほうが当初の筆者らの検証より長いことが分かりました。監督署が認定したAさんの時間外労働時間数は下記の表2のとおりです。
▼表2 島田労働基準監督署が認定したAさんの発症前時間外労働時間
発症前 1か月 | 発症前 2か月 | 発症前 3か月 | 発症前 4か月 | 発症前 5か月 | 発症前 6か月 |
112 時間 | 128 時間 | 163 時間 | 149 時間 | 154 時間 | 159 時間 |