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継続する新型コロナウイルス感染症の症状と労災給付の問題(2021年4月)

2025.05.28相談事例

介護事業所で働いていた70代のAさんは、昨年7月に新型コロナウイルスに感染し、名古屋市内の病院のICU(集中治療室)で治療を受けました。8月に退院したものの、現在まで関節痛や倦怠感、微熱、手の痺れ、頭皮の痒み、湿疹、胸痛、息苦しさなどの継続する新型コロナウイルス感染症の症状で通院をしています。

昨年9月に名古屋北労働基準監督署に新型コロナウイルス感染症で労災認定されたAさんには、休業補償給付が支給されていましたが、11月19日以降の休業補償の支給が突然停止されてしまいました。

休業補償の支給が停止される前、10月下旬と11月上旬の2回、気分が落ち込むことがあったためコロナで通院していた病院の心療内科を受診しました。心療内科の受診後、監督署から精神障害での労災認定の可否を決める時に用いられる調査票がAさんのもとに届いたことから、回答し監督署に返送しました。

年が明け、2月に入っても休業補償の支給は再開されず、監督署からの連絡も全くなかったことから、筆者はAさんのご家族とも相談したうえで、名古屋北労働基準監督署長宛にAさんの労災保険の支給に関して、休業補償を継続支給して、心療内科の医療費だけの保留を求めることなどをしたためた要請書を送りました。Aさんの呼吸器内科への受診は新型コロナの継続症状の治療のため続いていたからです。

監督署からAさんへの電話回答は、「精神障害での受診について調べているので休業補償給付の支給を止めている。調査が終われば、支払うべき部分については支払う。精神障害の労災調査については、愛知労働局が本省と協議しながら行っている」というよく分からない内容でした。

新型コロナウイルス感染症の継続する症状については倦怠感やAさんの経験した気分の落ち込み、思考力の低下、嗅覚・味覚障害、関節痛、胸痛、息苦しさ、脱毛、食欲不振、目の充血などが医療現場で確認されています。

2月10日付けの毎日新聞夕刊には、東京都渋谷区でヒラハタクリニックを開業している平畑光一医師の診察した653人の新型コロナウイルスに感染した患者のうち、95パーセントの患者が倦怠感を訴え、気分の落ち込みを訴える患者が87パーセントおり、思考力の低下を訴える患者が83パーセントいて、頭痛を訴える患者が78パーセントいたという結果が報告されていました。

筆者が相談を受けた新型コロナの患者さん達もこれらの症状を訴え、なかなか職場に復帰できない悩みを抱えている人もいました。回復し、職場に復帰していった20代の患者さん達も、脱毛、短期間の手のしびれ、味覚障害などを訴えています。

名古屋北労働基準監督署からのAさんへの回答を受け取った後、東京労働安全衛生センターの天野理さんに相談しました。天野さんも筆者も、たとえ新型コロナ労災被災者の症状が継続していても、厚労省は肺炎などの急性期の症状の治療が終了すれば、労災給付を打ち切りにする方針にするつもりでいるのではないかという危惧の念を抱いていたことから、衆議院議員で医師の阿部知子さんの事務所を通して、厚労省に対してAさんの事例について照会することにしました。

3月中旬、厚労省労働基準局補償課より回答がありました。内容は、「本件は請求人様等に監督署からご連絡したとおり、現在、署において精神障害に係る調査を行っているところです。請求人様等は、休業補償を継続して支給して、心療内科の医療費だけを保留する旨要請されていますが、請求人様の呼吸器内科での受診内容には、精神障害等呼吸器以外の療養に関する内容も含まれていたため、呼吸器内科主治医の先生が証明する傷病名と治療内容との関係や休業の必要性についても、調査を必要とすると判断したことから、この調査も行っているところであります」というものでした。

現在、Aさんが受けている治療は、頭皮の痒みや湿疹、胸痛、息苦しさ関節痛や倦怠感、微熱、手の痺れなど新型コロナウイルス感染症の継続する症状に対応するものです。例えば、頭皮の痒みや湿疹には塗り薬や保湿剤、かゆみ止めの薬剤が処方されることから、一見、新型コロナの治療には見えませんが、新型コロナウイルスに感染する前のAさんにはこのような皮膚症状はなく、感染後発症したことから、新型コロナウイルス感染症の継続症状であると主治医も考えています。

日本皮膚科学会のホームページには、皮膚病学ジャーナル(Journal of Dermatological Sciences)に掲載された、英語で書かれた18の研究記事(6つの症例集積と12の症例報告)に自験例3例を加えた、合計72例の新型コロナウイルスに感染した患者の様々な皮膚症状ついてのレビューが紹介されています。18の英文研究記事は、トロント大学医学部のSachdevaらがPubMed、OVID、及び Googleの検索エンジンを使用し見つけたものです。このSachdevaらによるレビューによると、新型コロナウイルス感染症の最も一般的な皮膚症状は、紅斑丘疹型の発疹(麻疹様)であり、36.1パーセント(26/72)の患者に見られたことや、その他の皮膚症状として、丘疹水疱性皮疹(34.7パーセント、25/72)、蕁麻疹(9.7パーセント、7/72)、有痛性肢端赤紫色丘疹(15.3パーセント、11/72)、網状皮斑(2.8パーセント、2/72)及び点状出血(1.4パーセント、1/72)などが報告されているということでした。72 例のうち 67 例で皮膚病変の部位が報告されており、大部分の病変が体幹と手足に見られたということです。患者の 69.4パーセント(50/72)で体幹に病変が見られ、19.4パーセント(14/72)で手足に見られたということで、新型コロナウイルスによる感染は、さまざまな皮膚症状を引き起こす可能性があり、皮膚症状が新型コロナウイルス感染の時宜を得た診断に役立つかもしれないと結論付けています。

Sachdevaらによるレビューには、Recalcatiらによって発表された新型コロナウイルス感染症の皮膚症状の最も著名なケーススタディーも紹介されており、イタリアのロンバルディアの88人の患者のうち、20.4パーセント(18/88)が皮膚症状を発症し、そのほとんど(77.8パーセント又は、14/18)が紅斑丘疹型の発疹をしていたということでした。

3月25日、新型コロナウイルス感染症の継続する症状に苦しむAさんをはじめ全国のコロナ労災被災者への早期の「治癒」、「症状固定」の判断と労災打ち切りが行われることを危惧した全国労働安全衛生センター連絡会議は、次に紹介する「新型コロナウイルス感染症に係る労災補償における休業補償支給停止問題に関する緊急要請」を東京労働安全衛生センターの天野さんを中心にまとめ、阿部知子議員事務所を通じて厚生労働省に提出しました。

要請後、厚生労働省と全国労働安全衛生センター連絡会議との交渉が4月1日に設定されました。厚労省側は、労働基準局補償課職業病認定対策室、労働基準局補償課業務課、健康局総務課の3人が出席し、当方からは阿部知子議員、秘書の栗原さん、天野さん、古谷さん、成田が出席しました。

Aさんの事案について職業病認定対策室の担当者は、長期にわたり継続する症状について、それが新型コロナ感染症によるもので、療養の必要性があれば、労災保険給付の対象になるとしたものの、「療養状況に変化があれば、支給を止めて調査する」という一般論に終始した回答を繰り返しました。こちらからは、継続する症状について医学的によくわかっていないのに、そんな一般論で対応するのはおかしいと、休業補償給付の突然の支給停止の不当性を繰り返し追求し、早期に支給再開せよと強く要求しました。