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名古屋北労働基準監督署の元中国人技能実習生に対する障害補償給付/不支給決定処分が審査請求で取り消し 残存障害を認め第14級の判断(2022年8月)
2025.06.24|相談事例
愛知県小牧市内の段ボールシート製造工場で働いていた中国人元技能実習生の男性が、フォークリフトのタイヤに右足を踏まれ、かかとの骨である踵骨(しょうこつ)を骨折する等の労災に被災しました。男性は症状固定後、名古屋北労働基準監督署に障害補償給付の請求を行いましたが、障害等級表のいずれにも該当しないとの理由で、不支給とされました。
不支給決定後、愛知労働局に審査請求を行ったところ、今年、6月28日付けで名古屋北労働基準監督署の障害補償給付を男性に支給しない旨の決定が取り消されました。男性に残存する障害は、右足受傷部位に「通常の労務に服することはできるが、受傷部位にほとんど常時疼痛を残すもの」とされ、第14級の9に該当すると判断されました。
フォークリフトとの衝突による右足の負傷
中国、黒竜江省出身の元技能実習生、Sさん(30歳)は、2020年10月21日に小牧市内にある工場で、段ボールシートの仕分け作業をしていた時、右後方からバック(後退)してきた日本人社員の運転するフォークリフトに衝突され、右足がタイヤに踏まれ負傷しました。Sさんは、もっと早く中国に帰国する予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大が原因で帰国が困難になり、やむを得ず在留資格を特別活動に切りかえて、働いていた時に労災に被災しました。同日、小牧市内の整形外科医院を受診したところ、右足圧挫傷、右足第5趾(小指)裂創、右踵骨挫創、右足背擦過皮膚欠損創の診断を受けました。浅い裂創が第4―5趾間に認められ、腫脹皮下出血も少々認められました。レントゲン写真では踵骨部に小さな骨傷が認められました。Sさんが強い疼痛を訴えたことから、ギブス固定が行われ、松葉杖歩行が指導されました。労災被災後、会社はSさんに座位の仕事を用意すると言ってきましたが、痛みがあまりに酷かったことから断りました。ギブス固定は11月11日まで行われ、以降は歩行訓練や可動域訓練が行われました。労災保険に医療費を請求するための療養補償給付の申請書(様式第5号)は会社によって提出されましたが、休業補償の請求は監督署に行わず、11月4日まで有給処理されました。
Sさんの右足には酷い疼痛が残っていましたが、被災から1か月も経過しない頃に整形外科医院の医師より、「仕事が出来る」と言われたことから、Sさんは自身で小牧市民病院を受診しました。初診では日本語による医師とのコミュニケーションが難しく、その後、監理団体とともに4回受診しましたが、疼痛は改善しませんでした。小牧市民病院の記録には、右踵骨骨折、右立方骨骨折がCTによって診断されたことが記録されています。
中国への帰国の強要
Sさんは、名古屋の中国総領事館や名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)、名古屋北労働基準監督署、警察署等へ行き、休業補償がでないことや労災の補償がされないことについて訴えましたが状況を変えることは出来ませんでした。被災後、Sさんが工場で働くことはもうありませんでした。
会社や監理団体から不法滞在になるから帰国しなければならないと言われたSさんは、中国の送り出し機関に依頼されたドライバーにより千葉県の成田空港に連れていかれました。2021年3月7日の日曜日、成田空港でSさんが松葉杖をついた姿で待っていると、たまたま通りかかった中国人に話しかけられました。Sさんが自身の境遇について話すと、中国に帰国すると労災の補償がもらえなくなってしまうよと言われ、岐阜一般労働組合外国人支部の専従活動家、甄凱(けんかい)さんの電話番号を教えてくれました。Sさんは、甄凱さんに電話をしました。甄凱さんは成田空港の警察に電話で聞いたSさんの事情を話し相談しました。そして、月曜日に甄凱さんが孫鑫さんを連れて名古屋入管に出頭するということにして、その日の内に、岐阜羽島駅前の岐阜一般労働組合外国人支部の事務所まで新幹線等を利用して孫鑫さんに来てもらうことにしました。警察から連絡を受けたJRは、孫鑫さんが乗換駅で迷わないよう、各駅で職員が案内をしてくれました。名古屋入管に出頭したところ、短期滞在の許可が出ました。
障害補償給付の不支給決定
岐阜一般労働組合外国人支部に到着後、甄凱さんは笠松町の整形外科にSさんを受診させ、労災被災日の2020年10月21日からの労災保険の休業補償給付の請求を行いました。2021年6月10日に笠松町の整形外科での治療が終了となり、その後、障害補償給付の請求も行いました。療養補償給付については、労災被災日より笠松町の整形外科で治療終了となった2021年6月10日までの全期間の医療費が認められましたが、休業補償給付については、労災被災日から最初に受診した小牧市内の整形外科での治療を終えるまで、2020年12月2日までの期間のみ認められ、それ以降の期間は不支給となりました。障害補償給付は、障害等級表のいずれにも該当しないとの理由で、不支給とされました。障害補償給付請求書に添付する診断書の障害の状態の箇所に、笠松町の整形外科主治医は、右踵部痛の訴えと右踵部の圧痛と記入していましたが、2021年8月17日付けの愛知労働局地方労災医員の意見は、「転位がわずかな骨折で免荷は1ヶ月程度でいいでしょう。以後、X線写真上、骨委縮なく、骨梁も良好で荷重は順調と推定できる。医証上病変をともなった障害を認めない。踵骨骨折、立方骨骨折はCTで確認できる。転位はわずか、いわゆる踵骨骨折部痛を起す骨折ではない」というものでした。この愛知労働局地方労災医員の意見により、休業補償給付の支給期間及び、障害補償給付を支給しない旨の決定が行われました。休業補償の支給・不支給決定日は2021年8月31日付けで、障害補償給付不支給決定日は同年9月2日付けでした。
愛知労働局への審査請求
2021年11月25日、筆者と甄凱さんが代理人となりSさんの障害補償給付不支給決定に関する審査請求を愛知労働局に対して行いました。審査請求前、甄凱さんより筆者にSさんの労災不支給決定についての相談がありました。筆者が11月19日に岐阜羽島の組合事務所でSさんと面談した時は、松葉杖無しで歩くことが出来るくらいまで回復していました。
審査請求において、請求人のSさんと筆者ら代理人は、Sさん自身が右足に疼痛が残存していることを訴えており、あわせて、請求人を診察した3人の医師らもSさんの右足に疼痛が残存していることを意見書等に記録していることを主張したうえで、少なくとも障害等級第14級に該当していると主張しました。Sさんは、今年2月に行われた審査官による聴取において、「けがをした当時は、足の痛みで夜も眠れないほどでした。現在は、右足の甲や指の傷は治っていますが、右足の甲を触ると右足の甲に違和感や痛みがあります」と話しました。
労働基準監督署による障害補償給付不支給決定処分の取り消し
働基準監督署による障害補償給付不支給決定処分の取り消し
今年、6月28日、愛知労働者災害補償保険審査官は、「地方労災医員は、各主治医意見、診療情報、検査画像を精査し、請求人の障害を右踵骨圧挫傷としたうえで、請求人に残存する障害の程度は、右足部に神経症状を残すものとの意見であるとし、同意見は、災害発生状況や請求人が述べる障害の状態を踏まえ、各医証を精査した結果であるので、当審査官は、これを妥当なものと判断する」として、名古屋北労働基準監督署の障害補償給付をSさんに支給しない旨の処分を取り消しました。審査請求決定書によると、審査官は決定に先立って、6月7日付けの愛知労働局地方労災医員による意見書を受けており、その要旨は、「画像上、明らかな骨折は認められず、骨梁も良好で、骨委縮は認められず、複合性局所疼痛症候群には該当しない。傷病名は右踵骨圧挫傷とするのが妥当と考える。請求人が訴える症状は、受傷時の状況や受傷部位からすれば矛盾はなく、残存する障害の状態は、右足部に神経症状を残すものと判断する」というものでした。
Sさんは岐阜一般労働組合外国人支部に加入し、会社と交渉を行ってきました。これまで、労災保険の障害等級がつかなかったことから、交渉が難航していましたが、今後は違う展開になる可能性があります。Sさんに今回の決定について聞いたところ、「会社を解雇されてから収入がなく、お金がない状況です。労災を認めてもらえて助かった」と話してくれました。